始めてコンピューターというものに触れたのは工業高校に入学してからでした。それは OKITAC-4300C というミニ・コンピューターでした。リンク先の写真にあるようにコンパクトなもので前面にはメモリに手作業でアクセスするためのスイッチ類が付いています。入出力装置はタイプライター式の端末と光学式の紙テープリーダーだけだったと思います。記憶デバイスはコアメモリーでした。コアメモリーというのはフェライトで出来たコアに磁気でデータを記憶します。電源が無くても記憶を維持できるという利点があります。反面、コアのサイズの関係で記憶密度を上げることが難しいです。ドーナッツ状のコアに銅線を通しているので、無理もありません。肉眼で確認できる大きさにならざるを得ません。したがって、コンピューターの記憶容量が知りたいときには蓋を開けてコアの数を数えなければいけません。(ウソです)
このコンピューターで FORTRAN (JIS3000) のコンパイラーを動かしていました。教科書に載っている練習問題くらいなら、コンパイル&ゴーで紙テープからソース・コードを読み込み、そのまま実行して結果をタイプするみたいな感じでした。従って、その頃の私は自分が書いたプログラムがコンピューターの全てで OS なんてものは想像もしたことが無かったです。ちょっと大きなプログラムを書くと紙テープの形でオブジェクトが吐き出され、それを改めてブートストラップで読み込ませて実行するなどということをやっていたと思います。そうすると、その後でまた改めてコンパイラーをブートストラップから読ませなければいけません。また、そのブートストラップというのが前面のスイッチで手作業でメモリーにストアーしないといけないという代物で、一度大きなプログラムを走らせてしまうと、他の人にとっても迷惑でした。先生の中に、あんまりぱっとしない人がいたのですが、なぜかその先生はブートストラップを暗記していて、いつもテキパキとコンパイラーを読み込ませていました。
プログラムの授業の最初の日に面白さに目覚めてしまいました。教科書は数日で読んでしまい、演習問題も机上で済ませてしまいました。演習の時間には、せっせと自分の組みたいプログラムを試していました。最終的に形として残ったのは万年カレンダーでした。年月をタイプライターから入力するとカレンダーを印字するという、まあ、ありきたりのものでした。今と違うのは参考になるアルゴリズムを調べる方法がないので、完全にオリジナルの方法を考えなければならないことです。万年カレンダーのアルゴリズムというのは、ある特定の日が何曜日であるかを判定することに他なりません。有名な Zeller の公式ほどには洗練されてはいませんでしたが、まずまずシンプルな判定方法を作っていました。ソースリストをずっと保管していたはずなのですが、どこかにいってまったのが、ちょっと残念です。